ありがとうはハートから湧き出す感覚だった|言葉ではなく“感謝を感じる”という気づき

気づきと考察

ありがとうはハートから湧き出す感覚だった

この記事は過去に書いた記録です。
当時の出来事や体験から感じたこと、考えていたことをそのまま残しています。
現在の考え方と異なる部分もありますが、当時の気づきとして公開しています。

こんにちは、『ほわん』の寺岡です。

今回は、「ありがとう」「感謝」というテーマについてお伝えします。

 

幼いころに教わってきた感謝

幼いころから、「ありがとうと言いなさい」「感謝しなさい」と教わってきました。

言葉としての「ありがとう」を使うことは、自然なこととして身についていきました。

ただ、ハートの感覚が少しずつ分かるようになってくると、同じ「ありがとう」という言葉でも違和感を感じることがありました。

上辺だけの「ありがとう」や、反射的に返すだけの「ありがとう」。

その違いがはっきりと感じられるようになっていきました。

その中で、「感謝とは何なのか」という問いが生まれていきました。

 

感謝が湧いてこない感覚

あるとき、コンビニで支払いをしている場面で気づいたことがありました。

「ありがとう」と言っているのに、感覚が伴っていないという感覚です。

そのことに気づいたとき、言葉だけで反応していた自分に驚きがありました。

「思うこと」や「考えること」は簡単にできますが、感覚として湧いているかは別のものだと感じました。

その違いに気づいたとき、これまでの「ありがとう」の捉え方が変わっていきました。

また、気持ちを込めようとすることが、かえって不自然なエネルギーになる感覚もありました。

それは思考や生体エネルギーが入りすぎることで、違和感として現れることもありました。

 

感謝が湧き出すようになっていった流れ

その後、「楽しい感覚が湧く」という体験を応用することで、「ありがとう」も同じように湧き出す感覚として扱えるようになっていきました。

実際に、ハートを感じながら「ありがとう」と意識を向けることで、内側から何かがふわっと広がる感覚がありました。

それが、自分の中での「感謝」の感覚でした。

特別なことをするというよりも、目の前のものに静かに意識を向けることで、その感覚は生まれていきました。

感覚が湧き出てくるとき、それが「ありがとう」や「感謝」として認識されていくようになりました。

 

まとめ

今回お伝えしたのは、「ありがとう」や「感謝」は言葉ではなく、内側から湧き出る感覚であるという気づきについてでした。

その感覚に気づくことで、日常の感じ方そのものが変わっていくことがあります。

まずは小さな場面で、その感覚に意識を向けてみてください。

それでは、また。